原田病に対してステロイド全身大量投与中、成人水痘による死亡事例について
I 問題の所在

 若い健康な男性が、眼底病変の軽度な「原田病」として総合病院に入院した。眼科医は、当然のように大量ステロイド点滴投与を開始した。視力は回復していったが、入院24日目の、まだステロイド減量中に、成人水痘を発症し患者さんは急死した。
  この事案で、眼科医の過失はどこにあるのか、過失を回避し患者さんの死亡という最悪の結果を避けるための幾つかの道筋は無かったのかを、今回は検討してゆきたい。
  この事案は、最終判決の出ていない事案であるし、医学的にも議論のあるところであり、読者にも色々な意見があるかもしれない。しかし、眼科を主体とした治療中での死亡という重大な結果を生じていることから考えて、最終判決前であっても、できるだけ早く眼科
医の皆さんに問題提起をしたいと考え、テーマとして取り上げた。

II 事案の概要

21才の健康な男性Xが、頭痛・耳鳴り・視力低下を訴えてY総合病院の眼科を受診した。眼症状として、虹彩毛様体炎・右視神経乳頭充血・両眼後極部網膜の軽度の浮腫が見られた(漿液性網膜剥離は認められなかった)。初診時視力は右0.02(0.7)、左0.02(0.3)だった。また、髄膜炎ー頭痛・髄液細胞増多ーがあり、内耳障害ー感音性難聴ーも見られ、HLA検査でDR4が出たことから、原田病と診断された。
 治療としては、ステロイド局所点眼と、ステロイド全身大量点滴療法が開始された。最初の3日間プレドニン換算160mg/日、次の3日間120mg/日と漸減してゆき、24日間(その時点で死亡中断)で1720mgを使用している。 視力は入院17日目には、右、矯正1.0、左、矯正1.2に回復している。しかし、入院時6710/μLであった白血球数が、入院11日目に15230/μLとなり、入院18日目には16960/μLに増加している。この事態に何らの対処のないまま、入院23日目に背部痛・肝機能障害(GOT508IU/L、GPT640IU/L、LDH1392IU/L)・血小板減少(18万/μL→34万/μL)が出現したため、内科転科となりDIC(播種性血管内凝固)の治療を行ったが、入院24日目に死亡した。入院23日目より出現した発疹や、剖検の所見から、「ステロイド大量全身投与による免疫力低下により、水痘症全身感染とそれに伴う肝機能障害とDICを起こし死亡した。」と結論された。患者は幼少時水痘感染をしていなかった。
 剖検所見としては、a)全身性水痘症(皮膚の出血性水疱、食道の潰瘍及び出血、肝臓の壊死巣)、b)DIC、C)高度の免疫抑制状態(脾臓の白色脾髄が著しく縮小、脾臓内のTリンパ球・Bリンパ球の著しい減少、リンパ節内のリンパ球の著しい減少)が認められた。

III ステロイド全身大量療法を選択したことに過失はなかったか

 ステロイド大量療法は1969年増田ら1)により提唱され、現在でも原田病の治療の主流になっている。しかしながら、症例の中には大量療法を行っても遷延あるいは再燃するものがあることと、全身投与による副作用があることから、大量療法を見直す動きが見られる。
  原田病は本来視力予後の良い病気で、遷延化しなければ比較的良い視力を回復する。最近の論文を調べると、ステロイド大量点滴治療をした場合むしろ遷延化の率の高いことが指摘されている2)。また、ステロイド大量投与群(プレドニン換算で初期1日最大投与量100mg以上より漸減し、発症後1ヶ月間の総投与量は平均2000mg)と少量内服群(プレドニン換算で20〜30mgより漸減)とを比較し、炎症の遷延について両群の間に統計学的有意差を認めなかったとの報告もある3)。同様な報告として「全ての症例に、ステロイド大量点滴療法が必要ではなく、前部ブドウ膜炎の軽度な症例では、初期50mg前後のプレドニゾロン量の内服から始めた長期内服で十分であった。」との報告もある4)。さらに、山本らはステロイド全身大量投与群と非投与群(眼局所にステロイド点眼と非ステロイド消炎剤を内服)とを比較し、最終視力には両群に差はなく、大量療法群に遷延例が多いことを報告している5)6)。
  以上の報告を踏まえて考えると、後極部炎症や漿液性網膜剥離がひどく視力予後が不良と予測される症例を除くとしても、後極部病変の軽度の原田病の症例にはステロイド眼局所点眼とステロイド少量内服で治療できるのではないだろうか。本事案でも、後極部浮腫が少しある程度であり、初診時視力も右0.02(0.7)、左0.02(0.3)であるからそれほど重篤とも思われない。ステロイド大量全身投与は不要だったのではないか。少量内服程度で十分ではなかったか。医師としては、治療のために必要で、しかもできる限り侵襲・副作用の少ない治療法を選択すべき注意義務がある。ステロイド全身大量投与をしていなければXは高度の免疫抑制状態に陥ることもなく、従って成人水痘罹患の可能性もわずかだったと考える。
  眼科医は、かなり安易にステロイドを大量に使用するが、そのすさまじい免疫抑制力に
ついては、多少知識はあるとしても、深刻に認識してないのではないか。今後、原田病等
のステロイド全身大量投与(パルス療法も含めて)の適応基準につき科学的な見直しが必要と考える。

IV ステロイド全身大量投与に際しての水痘罹患歴確認を怠ったこと、水痘抗体価測定をし なかったことなどに過失はなかったか

 上記のように、ステロイド大量投与自体が問題になるが、仮にステロイド全身大量投与
が必要だったとしても、眼科医の過失を防げなかったか、死亡を回避する契機はなかった
かが問題になる。
  ステロイド全身大量投与が患者に高度の免疫機能不全状態をもたらし、重篤な感染症の発症のおそれがあることは臨床医学の常識に属する。高度の免疫機能不全状態にあって警戒すべき対象は、ウイルスでは
a)サイトメガロウイルス(CMV)、
b)単純ヘルペスウイルス(HSV)、
c)水痘ー帯状庖疹ウイルス(VZV)、
d)インフルエンザウイルス、
e)Respiratory SynCytial Virus(RSV)、
f)EBウイルス(EBV)、
g)流行呼吸器ウイルスーアデノウイルス・パラインフルエンザウイルス
などである。また、細菌では
a)結核、
b)メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、
c)バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、
d)レジオネラ菌
などである。
  この中で、空気感染するのは結核と水痘が主であり、水痘は非常に感染しやすい疾患である。また、水痘は、多くの子供は子供の頃感染するが、一部の子供は感染することなく大人になり、しかも大人になっての感染は重症化しやすいと言う意味で最も警戒すべき感染症であり、免疫抑制治療の前に子供の頃の感染の有無を問診しておく意味が最も大きい感染症である。
  近年、小児期に罹患すべき疾患の成人発症が問題となっている。このような状況において成人で水痘を発症する機会も増加している。一方AIDSや免疫抑制剤、抗癌剤の投与等により細胞性免疫が低下した症例で日和見感染症が増加しており、成人水痘も重要な合併症として注目されてきている。
  以上のような、成人水痘等の増加傾向を考えれば、免疫抑制状態にする治療の前に患者に対しては、事前に小児期に未発症の疾患の有無について十分な問診が必要であると考える。また、日和見感染等を考えて血液中の各種ウイルス抗体価等の検査を頻繁に定期的に行う必要があり、そうすれば感染を早期に発見できたと思われる。
  本事案ではウイルス抗体価の検査はしていない。小児期の疾患とりわけ水痘についても問診をしておらず。いずれも過失と考えることができる。問診により幼少時期に水痘に感染してないことが明らかになっていれば、眼底病変が軽度であったことからも、ステロイド全身大量投与という治療は回避された可能性が高い。また、問診の結果幼少時期の水痘感染がはっきりしない場合でも、治療前に水痘抗体価の検査をして陰性であれば、水痘感染を考慮してやはりステロイド大量投与を回避するか、後述のように慎重な感染予防策を取るなどの方法で感染を回避できた可能性は高い。

V 治療中の患者管理に過失はなかったか

 本事案において、Y病院はステロイド全身大量投与という治療方法を選択し、Xを高度の免疫抑制状態にしている以上、この免疫抑制状態が継続している限り、感染症罹患を防止すべき注意義務を負担する。具体的には、移植医療に準じた「標準感染予防策」や、特に空気感染する疾患(結核・水痘・麻疹など)については「空気感染予防策」を取る必要がある。具体的には、他の患者・医療従事者・面会者などとの隔離や、接触時の十分な消毒などである(細かい内容に関しては「造血幹細胞移植のための感染対策ガイド」矢野邦夫著、日本医学館、参照)。眼科医だけでは、このような感染予防策を行うのが無理というのであれば、内科医との協同作業が必要だと思う。このような感染予防策が取られていれば、水痘感染は防げた可能性が高い。
  また、肝機能については、元々この患者さんは肝障害が少しあったようだが、PTの値が入院時の55IU/Lから入院12日目の98IU/Lに上昇したことについても気が付き内科にコンサルトしたり、検査頻度を増やしたりすべきだったと思う。眼科で手に負えないとしても「他科転科義務」はあったと考えられる。実際に内科に診察依頼をしたのが入院23日目(死亡の前日)で、余りに遅いと言うべきである。免疫不全状態での水痘帯状庖疹ウイルス肝障害は致死率99%と高いと言われていることを考えれば尚更である。

V まとめ

 以上見てきたように、各段階で過失を回避し、患者さんの死亡という最悪の結果を避けるための幾つかの道筋は有ったと思われる。
  まずは、原田病等に対するステロイド全身大量投与(パルス療法も含めて)という治療方法の適応基準を明確にし、大量投与が必要でない眼病変の程度を明らかにしてゆく作業が必要になる。
  更に、ステロイド大量全身投与が必要な場合であっても、すさまじい免疫低下を自覚し必要な問診・適切な検査を行い、綿密な全身管理・感染予防策を内科医との協力の下に行うべきと共に、水痘に代表される小児期の感染症の既往の有無にも注意を払うべきである。
文献
1)増田寛次郎・他:原田氏病初期の治療臨眼,23:553〜555,1969.
2)溝口尚則・他:原田病遷延例と治癒例におけるステロイド投与量の比較検討
眼臨,84:735〜737,1990.
3)柿栖米次・他:千葉大眼科における原田病の統計的観察眼臨,90:498〜501,1996.
4)岡部仁・他:Vogtー小柳ー原田病の治療について 眼紀、31:1431-1435,1980.
5)山本倬司・他:ステロイド大量投与を行わなかった原田病患者発症10年後の転帰臨眼,51:855〜858,1997.
6)山本倬司・他:原田病におけるステロイド剤の全身投与を行わなかった症例の長期予後
眼臨,84:1503〜1506,1990.