医師が知っておくべき法律 エッセンシャル
I はじめに

医療への社会的関心が高まり、医療事故報道が増加している今日、医師自身も法律について意識する必要がある。まず、医師法・医療法から述べ、民法、刑法、個人情報保護法まで述べる。

II 医師でない者の医業の禁止(医師法17条)

医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定し、それに違反した者は3年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられる(31条1項1号)。ここで「医業」とは、反復継続する意思を持って医行為に従事することを言い、生活上の糧を得る目的の有無を問わない(判例・通説)。

V 応招義務(医師法19条)

医師法19条は「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と定めている。診療に応ずる義務、応招義務と言われる条文である。同趣旨の規定は、歯科医師法19条、薬剤師法21条、獣医師法19条にも存する。

罰則のない訓示規定であるが意味は重大である。「正当事由」と認められるのは留守(帰宅した病院医師を含む)、病気などである。「正当事由と認められない」のは、診療費未払い、時間外、往診拒否、専門外(応急処置はどの専門でもできるとされる)等である。厚労省は「医師が来院した患者に対し、休日夜間診療所、休日夜間当番医などで診療を受けるよう指示することは、医師法19条の規定に違反しない」と回答している(昭和49.4.16医収412)が、続けて、その場合も「症状が重篤である等直ちに必要な応急の措置を施さねば患者の生命、身体に重大な影響が及ぶ恐れがある場合においては、医師は診療に応ずる義務がある。」として、患者容態の度合いが重要な判断基準となるとしている。例えば、救命救急センターの病院が、交通事故を受けた重篤な救急患者の受け入れを拒否し、その後患者が死亡した事件で、その受け入れ拒否に正当事由が認められないとして損害賠償責任を認めた判例(神戸地裁平成4年6月30日判決)がある。

W 無診察治療等の禁止(医師法20条)

直接の対面診療をしなければならないということである。電話での再診についても、患者に対する診療が中断されていたり、新たな病状の出現が疑われたりするなど、その患者の疾患がどのように変化したかを推知できない場合などは、原則対面診療が必要となろう。

なお、情報通信機器の発達・普及に伴い、遠隔診療に関して通達が発せられた(平成9年12月24日付、平成15年3月31日付)。それによると、例えば、「直近まで相当期間にわたって診療を継続してきた慢性期疾患の患者など病状が安定している患者」に対する場合に、一定の要件があれば、患者の同意のもとに遠隔診療が認められている。

X 診療録の記載、保存義務(医師法24条)

この規定により保存義務を負う機関は5年間である。その始期は患者に対する一連の診療の完了時点であるとされている。決して、診療録作成から5年ではない。

診療録の保存については、一定の要件の下で電子媒体によることも認められており、それと関連して、紙媒体のものも含め、一定の基準を満たせば、病院・診療所等以外の場所で保存すること(外部保存)も可能である(平成14年3月29日付通達)。その基準として患者のプライバシー保護に十分留意し、個人情報の保護が担保されること、外部保存が病院・診療所等の責任で行われるべきこと等が挙げられている。

Y 医業の広告(医療法69条、70条)

医業の広告には医療法69条、70条に規定があり、平成14年同省告示第158号により、患者への情報提供を充実させる観点から、広告可能な事項が従来よりも大幅に拡充された。1.医師の略歴・年齢・性別、2.患者数、3.医師、歯科医師、薬剤師、看護師、その他の従業員の員数および患者数に対するこれら従業員の配置割合、4.診療録を電子化していること、などかなり多彩である。

他方、提供する医療内容に関し、他と比較して優良である旨の広告や誇大広告は禁止されている(医療法施行規則42条の3)。

Z 守秘義務(刑法134条)

医師の守秘義務については、医師法や医療法ではなく、刑法に規定がある。刑法134条(秘密漏示罪)は、医師、薬剤師、助産師またはそれらの職にあった者が、正当の理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役または10万円以下の罰金に処すると定める。看護師、検査技師などには規定はない。

証人として、医師が患者の法廷に立つ場合でも、本人の了解無くしては、疾患名等について証言してはならない。このことは、証言等拒絶権として民事訴訟法197条1項2号や刑事訴訟法105条、149条に定めがある。

[ 異状死体等の届出義務(医師法21条)

この条文に関しては様々な意見があり、最高裁判決も出ているので、少し詳しくここで論ずる。

医師法21条は「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と定め、50万円以下の罰金との罰則もある(医師法33条の2)。

都立広尾病院事件や福島県立大野病院の事件で大きな問題となったが、医療関連死を医療過誤の有無を問わず届けるべきかが問題となっている。

平成6年5月に出された、日本法医学会「異状死ガイドライン」によると「病気になり診療を受けつつ、診断されているその病気で死亡することが『ふつうの死』であり、これ以外は異状死と考えられる」とする。従って「あらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。診療行為自体が関与している可能性のある死亡。診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明な場合。等は診療行為の過誤や過失の有無を問わずに、届けるべきである」とする、非常に広い見解を取る。

これに対して、日本外科学会の見解は、「外科手術の本質を考慮すれば、説明が十分なされた上で同意を得て行われた外科手術の結果として、予期された合併症に伴う患者死亡が発生した場合」医師法21条の言う「異状死体」と考えることはできない。「何らかの重大な医療過誤の存在が強く疑われ、また医療過誤の存在が明らかであり、それらが患者死亡の原因となったと考えられる場合」に限って「異状死体」の届け出をするのが妥当である、との見解である。これが狭い方の解釈である。

しかし、ここで問題は、「異状死体」の届け出が、憲法38条1項「何人も、自分に不利益な供述を強要されない」に違反しないかの点である。

最高裁は、この点について都立広尾病院の事件判決(平成16年4月13日判決)で、死体を検案して異状を認めた医師は、その死体が自分の診療ししていた患者で、自分がその死因等にについて診療行為における業務上過失致死などの罪責に問われるかもしれない場合にも、医師法21条の届け出義務を負い、それは憲法38条1項に違反しない旨判示した。

最高裁は、道路交通法の交通事故の報告義務(道交法72条1項後段)と同様に解釈し、届け出義務は犯罪捜査の端緒を得るなど公益上の必要性の高い行政手続き上の義務であり、他方これにより、届出人と死体との関わりなど犯罪行為を構成する事項の供述まで強制されるものではないとした。

判決後、平成16年4月、日本内科学会、日本外科学会、日本病理学会、日本法医学会は共同声明を発表し、「過誤の明らかでない医療関連死の届け出と解剖等による死因究明をする第三者機関(警察機関に委ねるのではなく)の設立を」と主張した。これを受けて厚生労働省は、中立的な第三者機関が医療関連死の解剖・評価を行うモデル事業を平成17年秋から行っているが、実施は東京や愛知など6都府県と札幌市にとどまっている。

また、平成18年12月19日、日本外科学会は、平成19年4月から、医療事故で患者が死亡した場合、死因などを究明する評価機関を、全国8ブロックに分けて設置すると発表した。

医師法21条の「異状死体」に関しては、以上述べたように、様々な解釈があり、論争は続いている。とりあえず、現在の論争の状況を紹介するに留めたい。

\ 医療事故における医師の責任

これに関連しては、本書の続く論文で、詳しく述べられると思うので、簡単に述べる。

1.医療契約は、民法上の「準委任契約」となるので、医療事故が起こった場合、民法415条の「債務不履行責任」と民法715条の「不法行為責任」の問題となり、損害賠償の額が問題となる。

2.それ以外に刑法211条の「業務上過失致死」の規定が適応されることになるが、医療事故に刑事罰を適応して、警察、検察の問題にしていくことには、医師会、各諸学会からの批判がある。福島県立大野病院事件で産婦人科医師が逮捕された件でも、全国の医師会、学会より強い批判と危惧の声が上がった。今後慎重に考えてゆくべき問題である。

3.行政上の責任がある。医師免許の取り消しや、医業の停止等である。

] カルテ、個人情報の開示

「個人情報の保護に関する法律」が施行され、法律25条に基づき、患者は医療機関等に診療記録を含む本人情報の開示を求める権利を有することになる。その場合25条1項1号に除外規定があり「本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害する恐れがある場合」は開示しないことができる。具体的には、患者に病状、予後を開示した場合、患者本人に重大な心理的影響を与え、その後の治療効果に悪影響を及ぼすと考えられる場合などである。当然、慎重に判断する必要がある。


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応招義務、無診察治療の禁止、診療録保存義務、守秘義務、異状死体の届け出義務