屈折矯正手術増加の世界的傾向の中で、日本でも80年代半ばからRK(Radial Keratotomy)手術が、90年代からレーザーを用いたPRK(PhotorefraCtiVe kerateCtomy)手術が行われるようになり、さらに90年代半ば過ぎよりLASIK(Laser in Situ Keratomileusis)手術が急激に増加している。平成12年(2000年)7月10日の「日本眼科学会エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン」によれば、「エキシマレーザー装置を用いる手術は日本眼科学会が指定する講習会を受講した眼科専門医が実施すること」となっているが、現実にはRK,PRK,LASIKの各時代を通じて、非眼科専門医の手術が多く、訴訟トラブルも非眼科専門医によるものが多かった。 屈折矯正手術の医療過誤訴訟は、RKについて平成10年に最初の判決が出ており、またLASIKについては平成12年に最初の判決が出た。PRKに付いてはまだ裁判中である。現在、RKは殆ど行われず、PRKも下火になっているが、3種の屈折矯正手術の裁判を比較し共通点、相違点を分析することで、今後のLASIKを中心とした屈折矯正手術を行うにあたっての教訓を引き出すことができると考える。
(1)一般的に「手術等の医的侵襲により生命身体に重大な結果を招く危険性が高い場合には、患者自身に手術を受けるか否かについて最後の選択をさせるべきである。そのため、医師はその手術の目的、内容、危険性の程度、手術を受けない場合の予後等について、十分な説明を行い、その上で手術の承諾を得る義務がある。」(名古屋地裁昭和59年4月25日判決)とされており、これを「インフォームドコンセント」と呼ぶ。 (2)RK手術判決(大阪地裁平成10年9月28日判決)では、「とりわけ、屈折矯正手術においては、もともと正常の矯正視力は良い目に行う手術であること、眼という代替性のない視覚器の正常な眼球に手術操作を加えるものであること、手術の結果正視と言われるプラスマイナス1Dの範囲内に入る確率が60ないし70%程度とされRK手術後の屈折値の予測が困難であること、後述するような合併症が発生すること、一度手術を受けると元に戻すことのできない手術であること、等を考えると、術前に十分時間をとって十分な説明と理解を得るのが特に重要である。」と述べている。 更に判決は、もう少し具体的に、「手術前に、RK手術が眼鏡・コンタクトレンズのように確実に予定通りの近視改善効果が達成されるものではないこと、また後述する合併症で視力障害の発生する危険のありうることを十分かつ具体的に説明し、その上で、患者がこれらの判断材料を十分に吟味し、近視矯正のための自己の必要・希望を勘案してRK手術を受けるかどうかの判断をさせるようにすべき注意義務が医師側にある」と述べている。 (3)LASIK判決(平成12年6月7日判決と、平成12年9月22日判決)でも「手術等の医療行為を行う医師は、当該医療行為の目的、内容及び合併症等の危険性について患者に説明を行い、充分患者に理解させた上で患者の承諾を得る義務があるというべきである。そして、Y眼科側は、本件においては、術前に患者に対して、LASIK手術が日本眼科学会を始め,FDA(アメリカ食品医療品局)においても承認された医療技術でなく研究段階にあること,LASIK手術後の長期的予後が不明であること、LASIK手術の過誤に伴って遠視(過矯正)になること、フラップが正確に剥離されなかったり、剥離されたフラップが何らかの事情で剥落したり、損傷したり、さらにしわが寄った状態で定着した時は、深刻な角膜乱視を生じる危険性があることなど、LASIK手術に伴って生ずる可能性のある合併症を具体的に説明し、患者に十分理解させた上で承諾を得る注意義務があったというべきである。ところが、Y眼科側は、本件において原告Xに対して,LASIK手術を受けるかどうかを判断する上で必要な上記留意点を全く説明しなかったことが認められる。従って,Y眼科側には、説明義務違反による過失が認められる。」とした。(4)屈折矯正手術前に十分な「説明と同意」をしていなければ、「事前告知義務違反」となり、それ自体医師の過失となる。その場合、患者側に損害が有れば、患者側は手術を回避する機会が奪われたとして損害賠償を求めることができる。 RK判決でも、被告が誇大宣伝をしたこと・手術のプラス面のみを必要以上に強調し手術をたくみに勧誘したこと・同意の猶予を与えず来院即日に手術をしたこと等を認め、「事前告知義務違反」の過失があるとした。 (5)眼科専門医が今後屈折矯正手術を行う場合も、術前に前記したような十分な「説明と同意」を実施しなければならない。その場合、視覚が奪われるほどの重大な事項については頻度が少なくても説明する必要があり、また小さな合併症でも頻度が多ければ説明する必要がある。 なお、「説明と同意」を十分に行うことは決して「(全ての責任を免れるとの)免罪符」ではなく、最低限必要なことであり、十分な説明をしていても手術自体に過失があれば、損害賠償を免れないのは言うまでもない。 (6)LASIK判決に即して、説明すべき点を、個別に述べると、a)LASIK手術のやり方、適応、b)手術後、老視年齢になった場合老眼鏡が必要なこと、C)手術中一時的に眼圧が上がるため緑内障の悪化があり得ること、d)角膜フラップが切れてしまうことがあり得ること、e)矯正度数が予定より少なかったり、多くなることがあること、f)不正乱視が出ることもあること、g)角膜フラップにつき感染の危険があること、h)手術後、わずかに近視側に戻ることがあること、i)矯正視力が1段階または2段階低下する場合があること、j)グレアを感じることがあること、等である。 いずれにしても、十分な説明の後、患者さん自体の主体的判断で手術を受ける決定をさせることと、手術の結果に対して過剰な期待を持たせないようにすることが大事であり、それがトラブルを避けるポイントとなると思う。
(1)RK手術判決は、被告医師側に「適正手術義務違反」があったとしている。具体的には、 a)術前の視力の状態に応じ、適切な切開の位置、切開の本数、切開の長さ等十分に検討すべきところ、一律に切開を行った、b)中央3mmのオプティカルゾーン内に切開を行った、C)角膜上にマーキングを行わなかった、d)角膜穿孔を生じさせた、e)切開創が角膜に対して直角になるように、かつ、切開創の表面が滑らかになるように切開すべきであるのに、ずさんに切開した、f)角膜穿孔に対して速やかに穿孔部の縫合その他の術後管理をすべきであるのにこれを懈怠した、g)角膜厚・眼軸長・内皮細胞密度の測定をしなかった、と述べている。 今となっては、過去の手術ではあるが、RK手術にとっては「適切な切開」こそが一番大事であり、その部分をいい加減に行った医師の責任は重いと言わなければならない。今後のLASIKなどのフラップ切開の教訓になると思う。 (2)PRK裁判では、−6D(上記眼科学会ガイドラインでも一応の限界としている)以上の近視に手術を行い、そのために「段階切除」(図1参照)の方法を採用したことが問題となっている。 段階切除の場合、結果として幾つかの度数の異なる凹レンズを同心円上に重ねた形となる。同心円上に異なる度数のレンズを重ねるので、スペースの省略となり、本件の場合では浅くかつ切除直径が小さくなるメリットはある。しかし、目標の最大矯正度数は中心の照射径の部分でのみ現れるので、近視矯正効果も当然中心のみに限られ、光学的には充分ではなく、矯正効果も弱めであることから「実際的ではない」ことになる。 また、段階切除の各段階の断端で光の散乱が生じ(図1参)、結果として段階切除の場合、瞳孔が小さくても「ハロー」「グレア」「夜間の視力低下」が生じることになり、その点が被害として主張されている。 今後LASIKの場合でも、−10D(上記ガイドラインが例外として認める限度)以上の矯正手術も考えられ、その場合「段階切除」をする場合もあると思われるので、この点に注意が必要である。 (3)LASIK手術判決では、フラップ作成並びに定着の過失を認めた2つの事案がある。事案Aでは、フラップ作成の段階で切開面が不整な不完全フラップを作ったこと(フラップの切開線が不整との鑑定がある)、またフラップを戻すときにフラップが鼻側にズレ、そのためフラップに皺襞が生じ、その結果原告Xは高度の不正乱視になったことを認めた。事案Bでは、フラップ作成の段階で非常に薄く不安定な形状に作成したこと、フラップを元に戻したとき点眼等による保護を行わなかったため空気等異物が入りフラップの接合不良が生じたこと、さらに角膜混濁を除去するため再手術を行ったことにより角膜表面の形状の不整が大きくなり角膜混濁が再度生じ、角膜中心部はかなり薄くなったことを認定し、その結果高度の不正乱視になったことを認めた。 LASIKにとっては、フラップこそが一番大事で、訴訟問題もこの点に集中している。フラップ作成にあたっては「切開面の不整な不完全フラップや、薄い小さいフラップ」を避けるようにする必要がある。その為には、術中の角膜表面の乾燥や不十分な吸引圧を防止したりする必要がある。しかし、明らかな原因が無くとも起こることもあるのは事実で、フラップ径が小さい場合や薄いフラップや、不均一なフラップ切開面では、フラップを元の位置に戻し手術を3ヶ月以降に延期するのが妥当である。 また、フラップのズレや皺襞であるが、術中のフラップの乾燥を防ぎ、2カ所以上のマーキングで予防できるとされる。薄くてフラップが伸びにくい場合は、縫合またはコンタクトレンズをのせることも考えられる。さらに、なかなか皺襞がとれない場合、フラップを再剥離し、フラップ下にもう1回カニューレを入れてフラップを持ち上げ、洗浄してから戻すのがよいとされている。これにより、層間異物、デブリスも除去できる。
RK、LASIKに関する最初の判決とPRK裁判は、インフォームドコンセントの重要性や、手術手技の細かな注意点を指摘してくれた。今後、LASIK手術が更に数を増やし、多くの医療施設で行われるのは時代の流れと思うが、LASIKを行う先生方が、十分なインフォームドコンセントを行うことと、フラップ作成並びに定着やレ−ザー照射において細心の注意と技術の向上に努めることをお願いしたい。 最後に、近視手術の判決本文を提供いただいた、大阪あさひ法律事務所の小田耕平弁護士に感謝する。
屈折矯正手術増加の世界的傾向の中で、日本でもRK手術、PRK手術が行われ、最近ではLASIK手術が急激に増加している。それに伴い3種の手術の医療被害に対する医療裁判も増加している。平成10年のRK判決、平成12年のLASIK判決、さらに現在係争中のPRK裁判を比較し共通点、相違点を分析した。共通点としては「インフォームドコンセント」の不十分さがあげられる。予定通りの視力のでないことや、合併症があることを十分説明し患者側に主体的選択をさせることがトラブルを避けるポイントである。3種の手術それぞれの特有な争点であるが、1)RK手術では、医師側が「適切な角膜切開」を行わなかったことに過失が認められた。2)PRK手術では、−6D以上の矯正に「段階切除」を行い、ハロー・グレア・夜間の視力低下が問題となっている。3)LASIKの場合、フラップの作成並びに定着の不完全さに医師の過失が認められた。 KEY WORDS:RK、PRK、LASIK、医療過誤訴訟、インフォームドコンセント