眼科医事紛争予防策としてのインフォームドコンセント |
I インフォームドコンセントの概念 |
「インフォームドコンセント(Informed Consent)」は通常「説明と同意」と訳されるが、その内容を正確に示そうとすると「患者が必要かつ十分な説明を受け理解した上での自主的な選択・同意・拒否」と訳すと正確だと考える。
その本質は、その人にとって重要なことはその人自身に決定権があるということであり、これを「自己決定権」と言う。この権利は憲法第13条「個人の尊重」で認められた権利である。医療の分野では、素人である患者が自己の医療に関する十分な情報を知った上でないと自己決定ができないので、それを保障するための対応する義務として、医師の「説明義務」が存在する。 |
II インフォームドコンセントを行う意味 |
さて、失明という結果が生じ損害賠償訴訟が起こった場合、インフォームドコンセントが十分なされていても、術前・術中・術後のどこかに医師の過失(例えば無菌操作の不十分さ)が認定され、その過失と損害とに相当因果関係があれば損害賠償は免れないのは、当然である。
インフォームドコンセントが為されていなければ、手術操作に過失がなくても「説明義務違反」により、そのような危険な手術を回避する機会を奪われたとして、最低限慰謝料という形で(まれに失明の損害まで認めることがあるが)損害が認定される場合が多い。 従って、いずれにしても、インフォームドコンセントをしておくことは「(いっさい責任を免れるとの)免罪符」を得ることではなく、「最低限必要な手続き」と考えるべきである。 インフォームドコンセントをしておくことが、単なる医療側の自己保身の一手段と考えるのは妥当でないと思う。インフォームドコンセントを通じて、信頼感のある医師・患者関係ができ、共に病気の克服にあたってゆける協力関係を作ることが理想とする目標である。それこそが、医療事故を防ぐと共に、医療事故が起こったとしても医療訴訟等の医事紛争を防止するポイントであると考える。 |
V 眼科領域判決におけるインフォームドコンセントの内容 |
硝子体手術に関するインフォームドコンセントを示した判決がある。「医師が患者に対し、手術等の医的侵襲を加え、そのため生命身体等に重大な結果を招く危険性が高い場合には、その重大な結果を甘受しなければならない患者自身に手術を受けるか否かについて最後の選択をさせるべきである。そのため、医師はその手術の目的、内容、危険性の程度、手術を受けない場合の予後等について、十分な説明を行い、その上で手術の承諾を得る義務がある。(名古屋地裁昭和59年4月25日判決)」。以上の内容は「手術」で書かれているが、手術以外の場合も危険性の差はあるが、同様に考えて良い。 |
W 合併症の説明ー特に白内障手術後眼内炎に付いて |
合併症については、確率の高い合併症は危険性が低くとも説明すべきであり、確率の低い合併症であっても危険性が高く失明につながるようなもの(術後眼内炎等)は説明すべきである。
さて、眼科で一番多い手術の白内障手術前に術後眼内炎に付いてどこまで説明するかは問題である。白内障手術は成功率が高く、安全であるという印象は浸透しており、手術による視力回復に対する患者や家族の期待は大きい。そのような状況にあるだけに、眼内炎が発症し最悪失明してしまった場合は医療訴訟に至りやすい。こういった事態を招かないよう眼内炎発症の事実をいかに患者と家族に納得してもらうかは、やはり術前のインフォームドコンセントによるところが大きい。 |
X 眼内炎の術前説明次第で「医療事故とは異なる」との理解が得られる |
しかし、医療側にミスがなく手術が無事終了しても眼内炎は起こりえる。この点を考え、不幸にして眼内炎が発症してしまった場合、患者とその家族には医療事故と異なるアクシデントであることを理解してもらえるよう、手術前のインフォームドコンセントにおいて眼内炎をきちんと説明することは最低限必要な手続であろう。患者との信頼関係を充分に構築し、眼内炎による残念な結果が医療事故ではないことを理解してもらうには眼内炎の頻度・危険性および対策についての説明にかかっている。 |
Y 医療側の最大限の努力と患者の協力を必要としている姿勢を示す |
眼内炎の危険性や一般的な頻度、および自施設における過去の頻度を説明するほか、眼内炎の予防のために術前・術中に行っていることを示し、術後は早期発見・早期治療に努めていることを説明し、医療側が眼内炎に対し精一杯努力していることをきちんと示すことも重要と考える。さらに、患者には眼内炎の症状についての説明を行い、患者の協力も是非必要であり、一緒にその発症を阻止しようとする姿勢を示すことが患者との信頼関係や協調関係を築いてゆくために重要である。それこそが、医療事故を防ぎ医療訴訟を防止するポイントであると考える。 |
Z LASIK手術時のインフォームドコンセントの重要性 |
LASIK手術は近年著しく件数が増え、それに伴い医事紛争も増加している。紛争を予防するには十分なインフォームドコンセントが必要である。RK手術判決(大阪地裁平成10年9月28日判決)でも述べられているが、屈折矯正手術は、もともと正常の、矯正視力は良い目に行う手術であるから、術前に十分時間をとって十分な説明と理解を得るのが特に重要である。
もう少し、具体的に述べれば、手術前に、LASIK手術が眼鏡・コンタクトレンズのように確実に予定通りの近視改善効果が達成されるものではないこと、また合併症で視力障害の発生する危険のありうることを十分かつ具体的に説明し、その上で、患者がこれらの判断材料を十分に吟味し、近視矯正のための自己の必要・希望を勘案してLASIK手術を受けるかどうかの判断をさせるようにすべき注意義務が医師側にある。
いずれにしても、十分な説明の後、患者自体の主体的判断で手術を受ける決定をさせることと、手術の結果に対して過剰な期待を持たせないようにすることが大事であり、それが医事紛争を避けるポイントとなると思う。 |
[ 糖尿病による血管新生緑内障に対するインフォームドコンセント |
この事例は、患者が初診で開業医を訪れ、眼圧56mmHgの左眼の血管新生緑内障が見つかった。医師は自院でできる治療は行ったが、患者は結果的に失明し医療裁判になった(患者は大学病院入院を断っている)。紛争の原因はインフォームドコンセントの不十分さということに集約される。この医院で医事紛争を防ぐには、まず「正確な病名、その病気の詳細な内容の説明、失明が迫っていること(56mmHgの血管新生緑内障では放置すれば数週間から数ヶ月で失明すると思われる)等」を詳細に説明し、かつ、カルテに説明した内容と患者側の反応、理解度をはっきり書き込む。そして、自院で対処できないと判断した場合は、最初から大学病院等への紹介(「転医義務」と言う)を行う。その場合、大学病院等への転医の必要性を説明し、その内容や患者側の反応(応諾やあるいは当事例のような拒否)までもカルテに詳細に書き込む必要がある。そして、ここまでやっておけば、責任を免れる以前の問題として、紛争そのものを回避できる可能性がある。そして、紛争回避の方がより重要なのである。 |
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