乳幼児の眼球打撲の法律的問題

眼球打撲の患者さんを診るとき、問題となるのは眼底病変の見落としである。網膜剥離、硝子体出血、黄斑変性、外傷性視神経障害等が主な疾患である。前房出血や強い外傷性虹彩炎や眼球運動異常があれば細隙燈顕微鏡等で分かるし、本人から「かすんで見える」とか「膜がかかって見える」とか「片目が見えない」などと訴えがあれば、また更に視力検査もできれば、まず散瞳しての眼底検査を忘れることはないであろう。

法律的問題が起きるのは、乳幼児の場合が多い。乳幼児は、片目だけであれば「かすむ」とか「見えない」などと訴えられないことが多く、大半の場合視力検査も出来ない。細隙燈顕微鏡検査もうまくできないことも多い。そして、外見から分かる程度の外傷でもあれば、幾つかの検査と散瞳しての眼底検査を行うのであるが、一見かすり傷程度の外傷しかない場合、散瞳もせず眼底検査もしないで家に帰してしまい、結果として網膜剥離や外傷性視神経障害を見落とし、後で訴訟になるケースがある。2つの事例を紹介する。

第1例は「サッカーボール打撲による網膜剥離の見落とし」である。サッカーボールはゴルフボールや野球ボールと比べ、見た目の外傷は起こしにくいが、大きくかつ運動量もあるので網膜剥離を起こしやすいとの論文がある。事案は4才の男児で、外傷直後の診察では「散瞳無しの」眼底検査を行ったが異常なく、視力検査は行っていない。問題は数日後の再診で、眼底検査も視力検査もしないで前眼部のみ診て帰したが、実は網膜剥離を起こしており、見落としとして訴訟になっている。初診時も再診時も出来るだけ散瞳しての眼底検査が望まれる。

2例目は、2才女児が左目下を机の角でぶつけ救急外来を受診したが、軽い外傷を処置したのみで帰された事例である。実際は、「外傷性視神経障害」を起こしており、ステロイド治療なども行われず結局失明した。目のまわりを打撲した場合、視力検査が出来ない場合でも、まず通常の対光反応検査と相対的求心性瞳孔反応(RAPD-relatiVe afferent pupillary defeCt)を行い視神経障害の有無を診る。その後散瞳して眼底、視神経などを診ることで、「外傷性視神経障害」を発見できたと思われる。以上、たとえ軽い外傷で、乳幼児であっても、対光反応検査と散瞳眼底検査を忘れてはならないと思う。


岩瀬光(いわせ・こう)の経歴
昭和52年東京大学法学部卒。昭和59年東北大学医学部卒。現在「医療問題弁護団(東京)」と「医療事故情報センター(名古屋)」に参加して、全国の眼科関係の医療事故の大半につき弁護士に医学的かつ法律的なアドバイスをしている。