医療訴訟に取り組む医師から見た弁護士
I はじめに

私は、日々医療訴訟に取り組んでいる医師である。今回は、そうした医師から見た弁護 士と言うことでお話しをしたい。その前に、なぜ私が「医療訴訟に取り組む医師」になっ たかを述べておきたい。

II 私の「医療訴訟」への道

私は1952年群馬県前橋市に生まれ、群馬県立前橋高等学校(通称「マエタカ」)を経て、1971年ストレートで東京大学法学部(文科一類)に入学した。在学中は憲法の大家芦部信喜先生のゼミに入り、「憲法訴訟の理論」を中心に勉強した。そうした中で心に刻み込まれたのが憲法13条である。この条文には「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と書いてあるように、生命の尊厳を守ることに最大の重点を置いている。この「生命の最大限の尊重」と言うことが頭にあって、「医療訴訟を中心に活動したい」と思い、民法の教授について「医療訴訟の法律的側面」の研究を行った。

これ以上研究するには、医学部に進むしかないと考え、1978年東北大学医学部に入学した。医学部で学んだことは、要約すれば「生命は貴重で尊い、しかし壊れやすい」と言うことである。法医学の押田茂實助教授(現日本大学医学部法医学教授)との出会いがあり、その研究室で「医療訴訟の医学的かつ法律的側面」の研究を行った。

1984年東北大学医学部を卒業し、東京大学医学部眼科学教室に入局する。武蔵野赤十字病院勤務を経て、1991年東京大学より「医学博士」を受けた後、1992年東京都立川市で岩瀬眼科医院を開業した。

医師になってから、法学部同窓の弁護士の推薦もあり、まず「医療問題弁護団(東京)」に参加し、次いで「医療事故情報センター(名古屋)」に参加した。現在全国で起こる眼科関係の医療事故の大半につき、弁護士に医学的かつ法律的なアドバイスをする仕事を続けている。

V 弁護士さんたちに望むこと

医療訴訟を扱う弁護士と交流していく中で、その立場、こちらへの要求内容などから様々なことを考えさせられた。日本における医療訴訟を扱う弁護士は「医療側」と「患者側」に完全に分かれており、相互の交流はほとんど無いに等しい。日本に十数人いるらしい「医師かつ弁護士」は一部の例外を除き、全て「医療側」である。

 「医療側弁護士」が被告医師・病院の利益を最大限守り、他方「患者側弁護士」が原告患者側の利益を最大限守るのは、弁護士という職務の性質上当然と言えば当然である。しかし、それはあまりに片寄った立場ではないかと思うときがある。弁護士という職は、依頼者の利益を守ることの前に「真実の追究」という使命があるのではないだろうか。勿論裁定を下す裁判官とは違う意味ではあるとは思う。

原告側弁護士、被告側弁護士と裁判官さらに鑑定等を行う医師が協同して、その事案での「医学的真実は何か」そして「法律的真実は何か」を探ることが医療訴訟の真の目的ではないかと思う。「医学的真実」を曲げて、医師側の利益を擁護したり、あるいは患者側の利益を擁護するのはおかしいと思う。 

私のように、医療訴訟に関わる医師が、鑑定書や意見書を書くとき基準としたいと思っているのは、「事件当時の医療水準」であり「その当時の医学的真実」である。さらに、個人的に基準としているのは、座右の銘にしている「ヒポクラテスの誓詞」(本論稿の最後に掲載)である。「医学的真実」は医師側に有利になることもあるし、患者側に有利になることもあるが、そのことは考慮には入れないようにしている。鑑定書を書くとしても、患者側から見ても、医師側から見ても内容的に恥ずかしくないものにしたいと思っている。 そして、医療訴訟に関わることで目指すことは、医師に過失があれば(無い場合ももちろんあるが)その過失の原因を分析し、「過失のない医療」、「患者さんが医療過誤被害を被らない医療」の実現である。

ただ、「医療側弁護士」に言っておかなければならないことがある。医療側は情報のほとんどをつかんでいるのに対して、患者側は弱い立場にあるので、患者側の人権には十分配慮して欲しいと言うことである。私は、医療というものは患者さんのためにあるのであり、医師のためにあるのではないと思っている。その点を、特に医療側弁護士は考慮して欲しい。

最後に、繰り返しになるが、弁護士さんに言いたいのは、依頼者(医師または患者)の利益のみに引きずられることなく、「医学的真実」、「法律的真実」を目指して欲しいし、それによる医療改善を目標にして欲しいと言うことである。

W 兵庫県弁護士会と私

私の母方の従兄弟が兵庫県の片隅で弁護士をしている。皆様のお世話になっていることと思う。そんな関係で、時々兵庫県に遊びに行き、宝塚・六甲・神戸・姫路などを訪ねた。とても良い環境の県で、こんな場所で弁護士をされ活躍されている会員の皆様をうらやましく思う。今後、眼科関係の医療事故で、お役に立てる機会があれば、いつでもご相談いただければと思う。



参考:<ヒポクラテスの誓詞>
1、医の実践を許された私は、全生涯を人道に捧げる。
1、恩師に尊敬と感謝をささげる。
1、良心と威厳をもって医を実践する。
1、患者の健康と生命を第一とする。
1、患者の秘密を厳守する。
1、医業の名誉と尊い伝統を保持する。
1、同僚は兄弟とみなし、人種、宗教、国籍、社会的地位の如何によって、患者を差別しない。
1、人間の生命を受胎のはじめより至上のものとして尊ぶ。
1、いかなる強圧にあうとも人道に反した目的のために、我が知識を悪用しない。

以上は自由意志により、また名誉にかけて厳粛に誓うものである。